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・・・それしか書くこと無いからサービスカット。

むかーしに見つけてお気にだった石井めぐるという方です。
それほど聞きませんが、がんばっておられるんでしょう。
そう思います。
中山(元)大臣の日教組解体作業を応援します。

海上自衛隊第1護衛隊群(神奈川県横須賀市)の護衛艦「しらね」乗組員の男性2等海曹が、護衛艦のレーダーのデータなどを記録したフロッピーディスク(FD)を自宅に持ち帰っていたことが分かった。防衛省が持ち出しを禁止している秘密情報とみられ、神奈川県警などは自衛隊法違反(守秘義務違反)などに当たる可能性もあるとみて捜査している。海自も調査を進めているが、外部への情報漏れはないとみている。
同県警は今年1月、2等海曹の妻=中国籍=を出入国管理法違反容疑で逮捕。自宅を同容疑で家宅捜索したところ、FDが見つかった。内容はレーダーなど通信関係のデータとみられるという。
海自では昨年8月にも、上対馬警備所(長崎県対馬市)の1等海曹が持ち出し禁止の潜水艦写真などを自宅に持ち帰り、口頭注意の処分を受けていたことが発覚している。
台湾ならではの痛快で心温まる経験をした。今月中旬に台湾中部の高速道路を全面封鎖し当局の肝いりで行われた、「第1回台湾国際マラソン」を取材した際のことだ。
レース直前、主催者側から「これで自由に取材ができる」と言われ、報道車両用のステッカーを手渡された。スタート写真を確保すると、機材を報道車両に仕立てたレンタカーにほうり込み、自らハンドルを握ってレース最後尾につけた。国道から高速に入ると、当然ながら、上下4車線とも大会専用となっている。
だから、どこを走ろうと、どこに止めようと、約40キロ先のゴールまで自由。レースの邪魔をしない限り、上り線で選手を追い越し、Uターンで下り線に入って再取材することだってできる。沿道の応援がないから、選手にとっては単調で孤独なマラソンになったが、こんな取材も高速道路の走り方も初体験だった。
さて、終盤戦で日本人選手が独走状態に入り、トップで伴走するのは先導車を除くと日本メディアの車両のみとなった。熱い思いを感じなかったといえばウソになる。忘れてはならないのはしかし、男女とも日本勢が優勝を独占したにもかかわらず、ゴールの瞬間、台湾の人たちから沸き上がった大歓声だ。しかも、「ニッポン、ガンバレ!」と日本語を交えて。(長谷川周人)
司会のみのさんが「もう信じられません。すべての製品にこういうことがある」とコメント。翌日も「廃業してもらいたい」などと発言し、社長の顔写真に、バツ印になるようプレートをはるなどした。

河野洋平衆院議長は15日、従軍慰安婦問題に関する自らの官房長官談話(93年)の見直し論が自民党内に出ていることについて、国会内で記者団に「談話は信念をもって発表した。あれはあの通り受け止めてほしい」と述べ、不快感を示した。同談話は従軍慰安婦問題について旧日本軍の関与を認めて謝罪する内容。


自民党山崎派の山崎拓会長は8日の派閥総会で、安倍晋三首相が従軍慰安婦動員をめぐり「官憲が人さらいのように連れて行く『狭義の強制性』」を否定していることを念頭に、「弁解がましいことは一切しない方がいい」と批判した。
山崎氏は「(日本に謝罪を求める決議案採択に向けた)米下院の動きは決して愉快でないが、従軍慰安婦なるもの(の存在)は事実だ。それが強制によるか、間接的な強制かの議論は実は弁解にすぎない」と強調。「そういう議論をするより、われわれは(旧日本軍の関与を指摘した平成5年の)河野洋平官房長官談話を認めるべきだ」と述べた。
県は28日、宮崎市出身の映画監督、花堂純次さん(51)=東京都=に県外で本県をPRする「ほっとみやざき“観光大使”」を委嘱した。
花堂さんは日韓合作映画「あなたを忘れない」など話題作を制作。映画やテレビドラマのロケ誘致サポート役を養成する講座(宮崎フィルム・コミッション主催)の講師なども務める。
県庁で委嘱式があり、東国原英夫知事が委嘱状や観光大使の名刺、地鶏の炭火焼きなど特産品の詰め合わせを贈呈。
東京都渋谷区は2日、区内の代々木区民会館で在日朝鮮人らが主催して4日に開かれる予定だったシンポジウムの会場使用許可を取り消した。
同区によると、シンポジウムは「抗日朝鮮人読書会」という団体が主催。1月中旬に使用申請があり、許可した。しかし先月27日ごろから「公的な施設をそういう団体に貸していいのか」などの抗議の電話やメールが数十件寄せられた。建物が図書室や敬老館などを併設しており、区は他の利用者や近隣住民に配慮して取り消しを決めたという。
主催関係者のホームページには、シンポジウムについて「日本人はご遠慮ください」「民族解放のための反植民地主義闘争を同胞へよびかける『朝鮮人抗日宣言』を公にする集会」などと掲載されている。
在日朝鮮人の集会は、3日も東京都立日比谷公園などで予定されている。日比谷の集会は当初、直前に都が管理者に使用承認を取り消すよう指示したため、主催者側が取り消し処分の停止を東京地裁に求め、認められた。その後東京高裁も管理者の即時抗告を棄却した。【工藤哲】





3日午前4時半ごろ、大阪市東成区中本1の阪神高速東大阪線で、同区中本2、派遣会社員、中山雅代さん(30)の自転車が、トラックと衝突した。トラックはそのまま走り去った。中山さんは右足骨折、頭を打つなどして意識不明の重体。
府警高速隊は、業務上過失致傷と道交法違反(ひき逃げ)容疑で、約1時間後に現場に戻ってきたトラックの運転手、吉田利之容疑者(34)=東大阪市本庄西1=を逮捕した。中山さんは酒を飲んでおり、誤って高速道路に進入したらしい。

日本の映画会社が制作費全額を負担する
(抜粋)
1990年代の韓国の歴史教科書が「韓民族(朝鮮民族)の先祖が紀元前8000年にパミール高原から韓半島に移住し、満州族に文化を授け、中原の黄河文明に影響を与え、紀元前7000年に日本文明を創造した」と記述したことも「荒唐無稽(むけい)」(抜粋)
「国力と歴史に対する確信を持ち、北東アジアの平和と繁栄を導かなければならない」と力説した。
「歴史的に他国に害を及ぼしたことのない私たちは北東アジアの平和を主導するに値する十分な道徳的名分と資格を持っている」と自信を表した。(抜粋)
大阪府茨木市で平成16年、自殺の道連れにしようと乗用車で自転車を次々とはねて2人を殺害、3人を負傷させたとして、殺人と殺人未遂の罪に問われた元新聞配達員の男(25)に大阪地裁(西田真基裁判長)は28日、無罪(求刑無期懲役)の判決を言い渡した。
元新聞配達員は起訴事実を認める一方、「自殺の道連れにやったのではなく、悪魔に命令された」と述べ、弁護側は犯行当時、心神喪失状態だったとして無罪を主張していた。
起訴状などによると、元新聞配達員は16年11月18日午前6時20分ごろ、茨木市の路上で、自転車で通行中の5人を乗用車で次々にはね、男性会社員=当時(56)=ら2人を殺害。ほかの3人に重傷を負わせた。
検察側は初公判の冒頭陳述で「5人を殺せば、自殺に失敗しても死刑になって死ねる、と考えて犯行に及んだ」と指摘していた。
司馬遼太郎著「台湾紀行」に博覧強記の“老台北(ラオタイペイ)”として随所に登場する実業家の蔡焜燦(さいこんさん)氏(80)が、日本統治時代の台湾で台中州の清水(きよみず)公学校の課外学習用に使われた「綜合教育読本」の復刻版を自費出版した。
日本が植民地支配した戦前の台湾では、主に内地から来た日本人子弟向けの小学校に対し、台湾人子弟向けに置かれたのが「公学校」。昭和8(1933)年4月に清水公学校に入学した蔡氏によると、同公学校ではすでに当時、全校の30教室に音声が流れる校内放送設備や、一部の教室と大講堂には18ミリ映画の設備が備えられていた。
こうした視聴覚教育の副読本として独自に編集されたのが「綜合教育読本」。毎日流される童謡や神話、歴史物語、浪花節、国民模範朗読、琴や尺八の調べなどのテキストだった。蔡氏は中でも、日本代表が金メダルを7つ獲った32年ロス五輪の歌「揚がる日の丸」(四家文子独唱)を校内で聞いたときの感激が今も忘れられないという。
蔡氏は、当時の日本が台湾の子供にも最先端の教育を施す努力をし、その知識や考え方が、戦後うなぎの養殖やIT(情報技術)事業で成功した蔡氏など、戦前生まれの台湾人の生き方に大きな影響を与えたと考え、読本の復刻に踏み切った。
「これが“植民地”の学校だろうか」と蔡氏は、現代を生きる日本人に問いかけている。(河崎真澄)