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■月光の夏

 うだうだと寝れない夏の夜。
 テレビで月光の夏という映画が放送されていた。

 「物語」の部分を引用します。

 佐賀県鳥栖市に住む主婦吉岡公子(渡辺美佐子)は、かつて教師として勤めた鳥栖小学校の、廃棄されることになった古いグランドピアノについて忘れられない思い出を持っていた-太平洋戦争の末期、当時としては大変高価で貴重なそのピアノの係をしていた公子(岩村麻由美)のところに、初夏のある日、かなり離れたか目達原基地からふたりの特攻隊員が訪れた。"明日にせまった出撃を前に、ピアノを弾きたい"と騒けてきたという。ともに学徒出身の音楽を愛する若者だった。音楽学校出身の隊員(永野典勝)は『月光』を弾いた。もうひとりの師範学校出身の隊員(田中実)は子ども達の歌う『海ゆかば』を伴奏した。そして、公子の渡した白百合の花束を手に基地へ帰っていった。それから2ヶ月後、戦争は終わったが、ふたりは帰ってこなかった。
 この話は子ども達や先生たちに感動を与え、さらに新聞やラジオで報道されて市民のなかにも共感を呼び、"平和の記念碑"としてピアノは保存されることになった。

 ピアノを弾いた特攻隊員は誰だったのか、その後どうなったのか
-彼らは軍が学徒出身者をパイロットに急ぎ養成した特別操縦見習士官(特操)の出身者だった。熊本県阿蘇の村に生存していることが判明したそれと思われるピアノ教師の元少尉風間森介(仲代達矢)は、新聞記者の質問に「覚えていない」と何も語ろうとしない・・・・・・。

 地元ラジオ局の石田りえ(石野実子)の依頼でこの出来事の取材に歩くドキュメンタリー作家の三池安文(山本圭)は、やはり生き残った石倉金吾(田村高廣)が大牟田にいると知って訪ね、特攻出撃したがやむなくひき返した者や途中不時着した者たちを過酷にも監禁した「振武寮」の存在を初めて知る。

 公子は、三池や石田と共に、鹿児島県知覧の特攻平和会館を初めて訪れ、そこに掲げられた遺影のなかに『月光』を弾いた青年の顔を発見する…:・書薬学校出身の海野光彦少尉であった。

 何ゆえに風間は当時の事情を語ろうとしないのか、事件の真実をもとめて三池と石田は風間を訪ねるのだが・・・・・・。


 映画の内容は、やはり特攻を扱った内容ということで涙をさそう場面
も多々あり、とても良い映画でした。
 でもぼくは内容以前にこの映画に登場した知覧特攻平和会館についてあまりに日本人が知らなさ過ぎるのではないかということが気になって仕方が無い。

 ここはサヨク方面の人以外は必ずいくべきところ。
 いやサヨクも、日本人であるならとにかく人間であるなら
必ず行って欲しいところとぼくが自信を持ってお勧めする。

 かつてその人柄に好感を持って通ったバーのマスターが
「歴史は過去のこと。過去をみても意味は無い」
との見識を披露して、ぼくとしてはアングリしてしまったものだが
この人物はなんとかの坂本龍馬を生んだ土佐出身だということも
ぼくのショック度合いを引き上げた原因だった。

 その男とはある事情で二度と会うことも無いのだが、
このような人間にこの知覧特攻平和会館に行って、
是非特攻隊員の残した言葉の一つ一つに触れて欲しいと思う。

今日の深夜はこんなことを思った。
ちなみに酒は「呉春」です。
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