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■良い開放、悪い開放

【人界観望楼】外交評論家・岡本行夫 再び明治の開放性を

 26日の本欄で曽野綾子氏が、挨拶(あいさつ)のできない日本人について嘆いておられた。全く同感。仲間うちでは和気あいあいでも、外部に対しては壁を作る。曽野さんの言うとおり現代人の生活がコンピューター相手になったせいもあるが、日本人の意識自体が閉鎖系に向かっているのではないか。

 在京の外国人特派員の中に、「仕事で東京からソウルに行くとホッとする」と宣言する人々がいる。韓国人はオープンだからだと。反論すると、「日本人は取材しても心を開いてくれない」と言う。渡辺京二氏の「逝(ゆ)きし世の面影」を読むと、いかに明治の日本人が外国人に関心を持ち、屈託なく開放的かつ友好的に接していたかがわかる。あの時代、日本は欧米に追いつこうと坂を登っていった。相手の知識を吸収しなければならないから、自然とこちらも自分を開く。

 現在の日本人は、外国にまともに向き合わない。もはや外国と交流し学ぶ必要性を感じなくなっているのではないか。世論調査でも外国への関心が低下している。テレビニュースは、国内事件のほかはトキやカルガモや各地の風物詩ばかりだ。日本に数カ月滞在しているシンガポールの研究者がこぼしていた。「日本にいると、アジアのことが全くわからない」

 本欄の梅田望夫氏がときどき書かれるが、日本人はウェブの上でも独自空間を作り、日本語ウェブ空間は、世界共通のグローバルウェブから離れて存在している。

 26日に厚生労働省は、看護師の国家試験に3人の外国人が合格したと発表した。屈指の親日国家であるインドネシアからは、累計で277人が来日して試験に備えていたが、合格したのは今回の2人だけ。インドネシアやフィリピンの人々は、心根が優しく最も介護に優れた国民との評価もある。その人たちに「褥瘡(じょくそう)」などという日本語読解力試験を課す。ほとんどイジメではないか。日本人の合格率は約90%だというのに、外国人は約1%。試験に落ちた人々は失意のうちに帰国する。日本政府は外国から400人は受け入れたいと、例によって総論だけ。

 そのインドネシアで、JICA(国際協力機構)の専門家たちが国の基本政策にかかわっている。気候変動対策プログラムローン。森林、エネルギー、水資源、農業などの分野で、温室効果ガスを削減しながら持続的な経済成長を目指す。インドネシア政府の政策づくりを手伝い、借款を供与して政策遂行を支援する。インドネシアが国内政策にこれだけ外国の関与を許すのは、相手が日本だからだ。

 環境技術の高さだけではない。日本人のキメ細かさ、平等社会ゆえの仲間意識。誠実さ、勤勉さ、実直さ、丹念さ、こだわり、相手国民との親和性。日本文化の良質な部分が、相手国の日本への安心感、信頼感を生んでいる。それなのに仕分け人会議はJICAをやり玉にあげ、予算を削る。外国への関心もないのだろう。

 明治の日本の勢いは、多くの外国人の支援で可能になった。欧米から日本にやってきた約千人の顧問、技師、教師たちが近代国家建設に携わった。もう一度開放系の社会に戻り、異なった国の人々の才能と文化を受け入れなければ、この国は前へ進まない。(おかもと ゆきお)



>異なった国の人々の才能と文化を受け入れなければ、この国は前へ進まない。
 代わりに(勝手に)言っておくが、これは敵性工作員をわざわざ日本に関与させることではない。
 自国を滅ぼすのではなく、他国の叡智を借りて自国を勃興させるのだ。サヨク(とここでは括る)とは根本的に違う。民主党に投票するような人間が多いこの国では、そんな簡単なことがわからんようになっている。
 敵に対してはそれ相応のやり方が普通はあって、普通であればそうするのだが・・・


 ぼくも何度か書いた。「挨拶(あいさつ)のできない日本人」は相当いる。セキュリティ内で暮らしているはずのマンション住人同士でさえそうなのだ。現実に嫌というほど体験しているのだから間違いない。そいつらは多分民主党に投票したのだろう(イマジン)。
 自分とその近くだけ。ケータイの先とは繋がったつもりで安心している。周りで起こっている日本の破壊には無関心。挙句の果てに無関心な自分はその破壊に協力さえしている始末。強烈に下品。
 この状態が「和」ではないことはアカでもわかる。そしてそれが「平和」ではないことはサルでもわかる

 何度かニュースでも見た外国人の看護師導入。合格はなんと3人。余りにも高いハードルではないだろうか。
 何も破壊工作のために来ているのではない。彼らは外国人として、国に残した家族のために、その力を必要とするわが日本に来てくれているのだ。あの連中とは99.9%違う。
 日本の文化が完全に確立されているので多少排他的になってしまうのは認める。でもそれが日本だ。外国人看護師の件も、まずは日本の「人間」を元に戻す、日本人にすることが先決。それでも手に負えない場合に、友好的な外国人に力を借りれば良い。
 売国奴の口車に乗せられて破壊工作に加担する(それが無意識であっても民主党に投票したということはそういうこと)一方、本当に手をつながなければいけない人々に対してはこのような仕打ち。国として人間として「真:まこと」もなにもあったもんじゃない。

 先人の築き上げた遺産の上に寝そべって怠惰で自分だけの平和らしい世を謳歌する。
 歴史を書き換えられた民族は歴史には学べない。だが歴史は証明する。そういう民族は<精神的にも>必ず、滅ぶ。
 歴史を書き換えようとする東アジアの極東3バカをはじめ米露の反日芸者、そしてそんな歴史を嬉々として受け入れる日教組らの破壊工作団体、腑抜けにされてそんなヨタ話を信じてしまうアホ日本人、そろそろ、本当に○い開放(解放)されちゃうか?
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■コメント

■Re: 良い開放、悪い開放 [noga]

外国人看護師 日本語を非関税障壁にするな
厚生労働省は26日、経済連携協定(EPA)のもとでインドネシアとフィリピンから受け入れた外国人看護師のうち3人が、日本の看護士国家試験に合格したと発表した。
合格したのはインドネシア人2人とフィリピン人1人で、受け入れ事業が始まってから初の合格者となった。しかし残りの251人は不合格となった。全員が母国ですでに看護師の資格を持っているので、日本語が壁になったとみられる。同じ試験を受けた日本人受験者の合格率は約90%だった。

我々日本人は、英語を通して世界中の人々に理解されている。
かな・漢字を通して理解を得ているわけではない。
我が国の開国は、英語を通して日本人が世界の人々から理解してもらえるかの努力に他ならない。
我が国民のメンタリティを変えることなく、ただ、法律だけを変えて交流したのでは、実質的な開国の効果は得られない。
この基本方針を無視すると、我が国の開国も国際交流もはかばかしくは進展しない。
この基本方針に関して、我々には耐えがたきを耐え忍びがたきを忍ぶ必要がある。

英米人は、「我々は、どこから来たか」「我々は、何者であるか」「我々は、どこに行くか」といった考え方をする。
我々日本人にしてみれば、奇妙な考え方であるが、彼らにしてみれば当然の考え方になる。
それは、英語には時制というものがあって、構文は、過去時制、現在時制、未来時制に分かれているからである。
3時制の構文は考えの枠組みのようなものとなっていて、その内容は白紙の状態にある。
その穴埋め作業に相当するものが、思索の過程である。

ところが、日本語には時制というものがない。
時制のない脳裏には、刹那は永遠のように見えている。
だから、構文の内容は、「今、ここ」オンリーになる。新天地に移住する意思はない。
思索の過程がなく能天気であるので、未来には筋道がなく不安ばかりが存在する。
TPPの内容に、行き着く先の理想と希望がないので改革の力が出せない。

必要なものは自分で手に入れるのが大人の態度である。
だのに日本人には意思がない。それで、意思決定はできない。無為無策でいる。
常に他力本願・神頼みとなる。
意思がなければ、意思疎通もはかどらない。それで、察しを遣う。
だから、日本人の独りよがりは避けられない。

http://e-jan.kakegawa-net.jp/modules/d/diary_view.phtml?id=288248&y=2009&m=11&o=&l=30
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