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■さべつはんたい

「被害者側だけが置き去りに…」 残るやりきれなさ 女児刺した女を不起訴 (1/2ページ)

 今回の事件で女が不起訴となったことは、刑事責任能力の判断の一方で、被害者側に残るやりきれなさという問題の難しさを改めてクローズアップさせた。

 「法廷で私たちの気持ちを訴えることができると思っていたのに」。被害女児の母親(42)は、産経新聞の取材に胸の内を語った。

 女児は一時重体となったが、約1カ月で学校に通えるようになるなど奇跡的に回復。今では友達と遊び、日常生活に支障がない状態まで健康を取り戻したが、心身に深い傷が残った。

 体の傷が見られるのを嫌がって、楽しみにしていたスイミングスクールを辞めざるを得ず、大好きな銭湯でもタオルを手放さなくなった。夏休みの宿題で描いた花の絵は、空の一部を黒く塗りつぶしていた。

 「まだ心に闇を抱えていると思う。体の傷を気にしているのも不憫(ふびん)で…」。母親は胸を締め付けられながらも「明るい性格だから、きっと乗り越えてくれる」と自分に言い聞かせる。


 不起訴処分については今月7日、東住吉署で大阪地検の検事から説明を受けた。女の症状やこれまでの供述などを伝えられ「起訴しても無罪になる」と告げられた。「どうしようもない。けれど納得できない」と無念さがつのる。

 府警の調べに女は「結婚するつもりだった男性にふられ、幸せそうな親子に殺意をぶつけた」と動機を供述したが、母親は「誰もが最初から幸せなわけではない。みんな幸せになろうと必死で努力している」と憤る。

 今後、事件の深部が法廷で解明されることはなく、母親が意見陳述する機会も、裁判員に考えてもらうきっかけも失われた。「事件直後に刑事さんは『裁判で気持ちをぶつければいい』と言ってくれていたのに。被害者だけが置き去りにされているように思う」

 母親らは、女に損害賠償を求める民事訴訟の準備を進めている。「娘に『できることはやったよ』と言いたいから。私たちにとって、事件はまだ終わらないんです」と話した。


 ずーっと言っている。
 キチガイが一般国民と同じ権利を有するなら、罪を犯したものには等しく罰を与えねば逆にキチガイを差別していることになる。

 罪を問えないなら、罰することができないなら、同じ権利など与えるべきではないし与えてはならない。平等とはそういうこと。それを破綻したサヨク論理で取り繕うからこんなことになる。
 権利だけは持ち責任は果たさない。こんなのがいては一般住民は不安でしかたがない。サヨクなら殺されて本望だろうが、我々一般人はそういうわけにはいかない。従って隔離、あるいは判別できるようにせねばならないことになる。これこそサヨクの嫌う差別だ。

 隔離も識別もできない、「和」を乱しても罰することもできない。これはある意味モンスターだ。
 キチガイだからって差別するな。キチガイでも犯罪者は犯罪者だ。
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