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■思いは一緒

【from Editor】表札のない家 (1/2ページ)

 大阪本社に赴任してきて1カ月が過ぎた。住んだことも働いたこともなかった土地で、電車の乗り方や買い物の仕方などがようやく分かってきて、生活のリズムは安定してきた。

 さて、1人暮らしをしているアパートで驚いたことがある。1階に部屋ごとの集合ポストがあり、それぞれに氏名を入れるプレートがあるのだが、一戸も氏名を明示していない。部屋のドアも同様である。郵便物や宅配荷物の配達など訪ねてくる人が困ると思い、管理人に相談したところ、個人の自由だという。

 家に表札を出すのは常識、礼儀と思っている私には不可解なことだが、表札がない家は増えているというのだ。

 このテーマをインターネットで検索してみたところ、複数のリサーチ会社がアンケートをしていた。いずれもほぼ同じ数字を示しており、マンション、アパートタイプでは約半数が表札を出していないらしい。賃貸、分譲で大差はない。戸建て住宅でも2割近くが出していなかった。この傾向は家族と同居していない単身者に顕著だ。出さない理由は「困らないから」が断然多く、「名前を知られたくないから」「出すのが面倒だから」などの理由が続いた。

 昔ながらの近所付き合いまでは望まなくても、壁1枚しか隔てていない隣人を部屋番号でしか識別できないというのは、なんとも殺伐とした感じだ。せめて名前ぐらいは知っておきたくても、「出さなくても困らない」と自分の都合を優先するような人には、「知ってどうする」と反論されるに決まっている。地域社会とコミュニケーションをしたくない人、できない人は確実に増えているのだ。

 表札を出さない家の増加は、ここ数年、よく耳にする「匿名社会」「無縁社会」の一つの現象とみることができるだろう。

 それにしても、と思う。個人情報保護法の施行後、行き過ぎた防衛、配慮が目立つ。名前を知られにくくする人が増え、知ることが難しくなってきている。地域や職域で見知っている顔でも、名前を知らない人が多くなってきてはいないだろうか? 名前のない人はいない。かかわりあう人それぞれを識別するうえで、名前を知るというのは、重要なことのはずだ。

 私はドアに手書きの表札を出した。私の部屋の前を通り過ぎる隣人たちは、「302号室は伊藤」と知り、「字はへたくそ」という個人情報を得たはずである。(大阪編集長 伊藤浩)


 随分前に、確か前のマンション(賃貸)に住んでいた頃に書いた気がする。
 その後分譲マンションに移ったときも同じように書いた。ただ。プロ(伊藤浩さん)が書くとこうなるということで、言っていることはほとんど同じ(だと思い込んでいる)。
拙ブログ「雑感」「雑談/日記」、「声が出てしまった。

 本当に表札が無い部屋が多い。前にも書いたが、挨拶に行っても名乗らない人もいた。
 恐ろしいまでの個人主義。気持ち悪いまでの秘密主義。
 こういう日本になって、本当に良かったと思っているのか→表札あげない人。

 他人に名乗ることもできない恥ずかしい名前(そういうガキが最近増えている)なのかと勘ぐってしまうが、未だに両隣は表札無しで当然付き合いなど無い。一軒先の4号室(ウチは2号室)は表札があり、非常に良い人でリタイア直前の旦那さんと若い美人の(なんと二人の子供を成人させている)奥さんと、ごく普通の近所付き合いをしている。ちなみに5号室以降12号室まであるが、表札のある部屋は1から12まででなんと4部屋。
 経験上、表札あげる人ほどきちんと挨拶する。あげない人ほど挨拶しないできない、つまり人間としてアカンたれだということ。


 表札の無い部屋の前を通るたびに「名を名乗れ」と呟きながら今日も出勤しております。
 挨拶し、名を名乗る、どう考えても基本でしょ?

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