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花蓮で高まる文化保存意識 日本建築が古跡指定に(台湾週報)
 東部最大の都市・花蓮市は、台湾の四大貿易港の一つであり、原住民のアミ族や大理石の産地として知られている。街の歩道やモニュメント、空港のターミナルビルまで大理石でできており、台湾最大の景勝地「太魯閣峡谷」への観光起点としても有名だ。明治時代から日本人が多く住んでいたとあって、昔の日本の面影が今も色濃く残っており、戦前の日本建築を文化史跡として保存しようという動きも活発になっている。

 花蓮市内を流れ太平洋に注ぐ美崙渓沿いは、高級ヒノキの日本式建築が多く残っているエリアだ。日本時代の1936年、当時の日本軍花蓮港指令部の将校や武官の招待所として建てられたもので、戦後は軍関係者の住居として半世紀にわたり利用されていた。軍関係者住居の再建政策により、すでに居住者の大半が転居し、これらの建物は取り壊される予定だったが、文化保存を訴える市民の強い要望により、昨年1月、中央古跡審査委員会の審査を通過し「古跡保存区」となることが決まった。このうちの一部は、県の指定古跡となり、市民の生活に密着した歴史と文化の遺産として保存されることとなった。

 現在、これらの建築は、国立東華大学と現地住民により修復が進められ、日本人建築士の堀入憲二氏の協力のもとに、日本式庭園などの増設も行われている。建築の保存を唱えた市民は「経済発展により都市開発が進むなか、多くの重要な文化財が壊されてしまった。今回これらの建築が往年の面影を留められることになって嬉しい。今後、当時を知る人々の口述からこれらの建築に関する詳しい記録をとり、大きな歴史のなかに隠された小さなエピソードとして大切に保存し、次世代に伝承したい」と語る。

~以下略~


花蓮には2001年の初台湾の時に二日ほど滞在した。
もちろん「太魯閣峡谷」へも現地でタクシーをチャーターして観光した。
もともと日本人が多かった土地だそうで、たまたまぼくらが入った
家庭料理の店も店主の親が持っていた日本時代の調度品や、
店主が集めた日本のレコードなどが飾られていた。
路地裏にある観光のにおいのしないまったく普通の店だったが、
店主は個人で日本語の勉強をしていた。
日本人が来る可能性は低いのだが、そんな「カネ」じゃなく日本に
興味がある人が相当数いる(特に台湾に)という事実は、
反日自虐の授業を受けていたぼくにはそれなりのショックになった。

いつまでたっても結局は反日である連中はもうほっておいて、
お互い理解しあえる人たちと平和な世界を築きたいと思います。


ひとつ心温まるフラッシュをご紹介します。
台湾出身の三人の若者が東京観光の思い出を編集したもののようです。
その「愛」が感じられると思います。

[未完成]東京都
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