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■左派の市長は「日本人らしからぬ」

「柏崎トルコ文化村」 杜撰な売却手法で友好にヒビ(世界日報社)
杜撰な売却手法で友好にヒビ、「友好の証し」国父像も対象に
 中越地震などによる影響を受けて昨年三月閉鎖した柏崎トルコ文化村の扱いをめぐり柏崎市は先月下旬までに公募を行い、売却する方向だ。しかし昨年春、二度にわたり駐日トルコ大使が施設の運営を要望する手紙を送付していた事実が先月になってようやく判明。これについて市側が「書簡は届いていない。大使館には市の意向は説明してある」と弁明している。だが十カ月近く回答しない柏崎市に業を煮やした大使が「日本人らしからぬ注意力と几帳面さを欠いた行為」と露骨に不快感を表明するなど険悪なムードに。事実経過を初めて知らされた市民や関係者からは、市の杜撰(ずさん)な対応に批判が高まっている。
(編集委員・鴨野 守)
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駐日トルコ大使館、「日本人らしからぬ」と不満
 同文化村は、「世界初のトルコ文化のテーマパーク」をうたい文句に日本海に面する同市鯨波に約七十億円強をかけて造られた。モスクを模した白いセンタードーム、トルコの文化と歴史を紹介する「緑の美術館」、世界三大料理の一つであるトルコ料理や陽気な民族舞踊ショーをはじめ動物園、トロイの木馬、ノアの方舟(はこぶね)など趣向を凝らした本格的なテーマパークだ。平成八年七月のオープニングにはトルコ共和国からカフラマン文化大臣、三笠宮寛仁殿下もご参列。敷地中央には、トルコ政府が「友好の証し」として寄贈した、同国の国父ケマル・アタチュルクの像(台座二メートル、高さ五メートル、重さ八トン)が日本海に向かって立つ。
 しかし同文化村を経営していた会社は、出資元の新潟中央銀行の破綻(はたん)をもろに受けて倒産。西川前市長は復活を求める市民の声を受けて整理回収機構(RCC)から一億五千万円で買い取った。それを民間会社「ケー・ティ・ブイ」が借り受けて十四年七月にリニュアルオープンしたが、相次ぐ洪水、猛暑さらに中越地震に見舞われ客足は著しくダウン。昨年三月末で閉鎖に踏み切った。

 会田市長は昨年夏、公募による売却先を探す方針を発表。公募中止を求める声もあったが、売却方針は「トルコ文化村は無用の長物」と批判していた左派の後押しを受けて当選してきた会田市長の意向が強いとされる。

 ところが先月中旬、情報公開条例により関係文書を入手した公明党市会議員、真貝維義氏が昨年三月、四月と二度にわたりソルマズ・ウナイドン駐日トルコ大使から会田市長にトルコ商工会議所が二〇一〇年まで文化村を借り受けて施設の運営再開を要望する書簡を送付していた事実を公開。市は昨年六月の時点でこの書簡の存在を確認し、コピーを入手していたが、市長はこのようなやり取りを議会に報告しなかった。これについて同市長は「説明するような中身はなかった」と釈明。市議からは「文化村の扱いをめぐっては議会で何度も議論されていながら、報告をしないというのは議会軽視も甚だしい」と市長の姿勢を批判。ケー・ティ・ブイ元役員からも「そのような動きを知っていれば、数千万もする厨房(ちゅうぼう)などを切り売りすることもせず、打開策が見いだせたかもしれない」と市の冷淡な対応を問題視する。

 市長は昨年六月二十三日、渋谷区にあるトルコ大使館に出向いたが、大使は今年一月三十一日付の手紙で「日本人らしからぬ注意力と几帳面さを欠いた行為」と柏崎市の対応に不快感を表明。一八九〇年のエルトゥールル号事件以来百十五年間続いている両国の友好に配慮を促している。

 さらに関係者が怒っているのは、市が「友好の証し」として寄贈した国父ケマル・アタチュルク像も売却公募に含まれている点だ。担当課は、「有効利用してもらえるのであればお願いする。そうでなければ市で協議するとしており、これは売却ではない」と説明。だが三井田孝欧市議は、「有効利用など条件を出すこと自体が間違い。トルコ大使館と問題を整理して、大切に扱う方策を伝えた上で公募すべきであり、市のやり方は礼儀と歴史を知らぬ恥ずかしい行為」と批判。トルコ大使館のある渋谷区やエルトゥールル号事件の起きた和歌山県をはじめ、全国の地方議員などが抗議の署名を集め、市長に申し入れを行う動きも出ているという。柏崎市広報課によれば抗議、苦情のメールが先週金曜日までに五十通届いている。


 エルトゥールル号事件 一八八七年に小松宮彰仁親王同妃両殿下が欧州訪問の帰途にオスマン帝国を公式訪問したことに対する答礼として、アブデュル・ハミト二世が特使としてオスマン提督を日本に派遣。一八九〇年「エルトゥールル号」が帰路暴風に遭い、紀州・串本沖で沈没。乗組員五百八十一人が死亡したが、日本側が官民挙げての手厚い救護により六十九人が救助され、日本の巡洋艦「金剛」「比叡」でトルコに送還され、現地では歓喜の声で迎えられた。この事件以降、両国は歴史的に友好関係にある。

ほんま左派は国の「膿」やで。
自覚せえよ、現在の世界から浮いているということを。

国家や国旗を尊重することを教えることができない日本の教育を受けてきた
結果として、トルコで「国父」として国民から慕われている
アタテュルクの像までもを売り飛ばそうという発想が生まれる。

「礼儀と歴史を知らぬ恥ずかしい行為」との批判を受けたことも左派は
反省すべきだ。
全て平等で相手を尊敬しない、三馬鹿に媚びへつらい自国の歴史が
改ざんされてもそれを受け入れる、これは受けた批判そのままだ。

このまま左派をのさばらせておけば、そのうち本当に人民解放軍に
解放されてしまうだろう。
侍のように己を滅ぼしてまで国を想う気持ちどころか、「国」さえ
破壊しようとしている左派は、異端児として区別すべきでないだろうか。
「膿」なのだ。左派の連中は。
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