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■旧真田山陸軍墓地

外出が続いた間に録画しておいた「そこまで言って委員会」などを
見た後、旧真田山陸軍墓地へぶらっと散歩に行った。
旧真田山陸軍墓地については以下のサイトをご覧下さい。
参考:旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会


沢山の墓碑が並んでいますが、ほとんどお参りされた形跡がありません。
写真のように朽ちて崩れてしまいそうな、また実際に崩れてしまっている
墓碑も少なくありません。


わずかにお花が供えられている墓碑もありますが、圧倒的に少ない。
お参りになる子孫がいないのか、それとも別の墓碑に祀られているのか
血縁が遠いからなのかよくわかりません。
上記サイトの「旧真田山陸軍墓地の歴史と沿革」によりますと、
明治4年の創設以後、西南戦争から日清戦争と台湾領有にかかわる戦闘、
日露戦争の一部の死者については個人墓碑、それ以後は死者の増大により
合葬墓が建立されるようになったようです。

また


清国やドイツの捕虜の方の墓碑もありました。
塗り固められた部分は「俘虜」とあったそうです。
どういう経緯でこのようになったのかは不明のようですが、
敵であっても手厚く葬ったということは事実のようです。


ちなみに旧真田山陸軍墓地のそばに三光神社がありますが、
その境内には写真の真田幸村像があり、
大阪の陣の際の「真田の抜け穴」跡があります。
戦国ファンの方には真田のついでに陸軍墓地もご覧いただきたいと思います。

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