■スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

■彼らと話しができるうちにもう一度行きたい

「これが植民地の学校か」“老台北”蔡氏が戦前台湾の「綜合教育読本」復刻出版(イザ!)

 司馬遼太郎著「台湾紀行」に博覧強記の“老台北(ラオタイペイ)”として随所に登場する実業家の蔡焜燦(さいこんさん)氏(80)が、日本統治時代の台湾で台中州の清水(きよみず)公学校の課外学習用に使われた「綜合教育読本」の復刻版を自費出版した。

 日本が植民地支配した戦前の台湾では、主に内地から来た日本人子弟向けの小学校に対し、台湾人子弟向けに置かれたのが「公学校」。昭和8(1933)年4月に清水公学校に入学した蔡氏によると、同公学校ではすでに当時、全校の30教室に音声が流れる校内放送設備や、一部の教室と大講堂には18ミリ映画の設備が備えられていた。

 こうした視聴覚教育の副読本として独自に編集されたのが「綜合教育読本」。毎日流される童謡や神話、歴史物語、浪花節、国民模範朗読、琴や尺八の調べなどのテキストだった。蔡氏は中でも、日本代表が金メダルを7つ獲った32年ロス五輪の歌「揚がる日の丸」(四家文子独唱)を校内で聞いたときの感激が今も忘れられないという。

 蔡氏は、当時の日本が台湾の子供にも最先端の教育を施す努力をし、その知識や考え方が、戦後うなぎの養殖やIT(情報技術)事業で成功した蔡氏など、戦前生まれの台湾人の生き方に大きな影響を与えたと考え、読本の復刻に踏み切った。

 「これが“植民地”の学校だろうか」と蔡氏は、現代を生きる日本人に問いかけている。(河崎真澄)


中韓朝が余りにも行き過ぎたマイナス面しか言わないので
余計に台湾の温かさを力強く感じる。

だがそうも言ってられない。
いつまでも台湾に甘えていてはいけないのだ。

何しろ、この蔡翁をはじめとする日本語世代の方々が高齢化により
社会の表舞台から引退していく。
蔡翁も80歳という高齢。
日本のことより、どうかご自分のお体を大事にしていただきたい。
何より、長生きしていただきたい。

さて、このようなどこかに「日本人」を残した日本語世代が姿を消すと、
残るのは日本のサブカルチャーに影響を受けて
好印象を持った「親日」台湾人だけとなる。

台湾にも反日はたくさんいる。
なにしろ日本の敵はあの強大な共産党独裁軍事国家である。
「日本人」でも裏切る連中がいるくらいだ。

自然減少と打つ手のまずさで
もはや台湾の親日度は薄れていく一方であろう。
残念ながらそれは致し方ない。

その速度を緩めて、あわよくば上向きになるよう「打つ手」を
講じねばなるまい。
中韓朝の言い分に対しては、プロパガンダがウソしかないので
その反論だけでよろしい。

大事なのは台湾。
台湾のシーレーンを失っては日本の死活問題だ。
真の友好国としてあたりまえの態度で接したいものだ。
関連記事
スポンサーサイト

■コメント

■コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

 

Blue Ribbon News

ブログ内検索

賛同

有害指定?

キッズgooはじかれサイト同盟
当ブログはキッズgooにより
なんと有害指定されています

NO MORE ASAHI!

朝日新聞購読拒否
ネタ以外で朝日新聞は読みません

文楽みくじ

「小倉百人一首」

問い合わせ先

カウンター

ブログランキング・にほんブログ村へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。